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東京高等裁判所 昭和48年(ラ)765号 決定

抗告人 石塚力

主文

本件抗告をいずれも棄卸する。

理由

抗告代理人は第七六五号事件につき「原決定を取り消す。水戸地方裁判所昭和三三年(ワ)第一三六号本訴同第二二六号反訴、同第一八八号本訴昭和三四年(ワ)第九〇号反訴の併合事件につき裁判長裁判官石崎政男に対してなした忌避申立は理由がある」第七六六号事件につき「原決定を取り消す。前記事件につき裁判長裁判官石崎政男、裁判官長久保武、同佐野精孝に対してなした忌避申立は理由がある」との各裁判を求めその抗告理由として末尾添付抗告理由書〈省略〉記載のとおり主張した。

本件記録によると次の事実が認められる。

原告藤岡博、被告石塚力(抗告人)間の水戸地方裁判所昭和三三年(ワ)第一三六号同年(ワ)第二二六号所有権移転登記手続請求ならびに反訴請求事件および原告国被告石塚力(抗告人)間の同庁昭和三三年(ワ)第一八八号、昭和三四年(ワ)第九〇号所有権移転仮登記抹消等請求および反訴請求事件は併合の上水戸地方裁判所民事部裁判長裁判官石崎政男裁判官長久保武、同佐野精孝の構成で審理が行われており、昭和四八年一一月一日午前一〇時の第九四回口頭弁論期日が原告代理人西迪雄外五名、被告代理人尾崎陞外一六名および証人浦田賢二各出頭のうえ開廷された。右期日に入ると被告代理人尾崎陞が石崎裁判長に対し前回の口頭弁論期日において裁判長が奥平証人の尋問を途中で打切つたこと、従来許されていた後藤傍聴人の腕章着用について、取りはずしを命じ、さらに退延命令を出したことにつき釈明を求め、これに対し裁判長から説明がなされたが、さらに被告代理人池田眞規が右と同一事項に加えて、当日の口頭弁論期日に傍聴券を発行したことにつき裁判長に説明を求め、これに対する裁判長の説明に対し、これを不十分であるとして、同代理人および代理人渡辺良夫、風早八十二から交々上記事項につき発言が行われたので、裁判長は被告代理人らに対し訴訟手続を進めることを要請し、その考慮を求めて一時休廷した。再開廷後、傍聴席右前列およびその後列に座つていた「北大平和委員会」「日本平和委員会」と書かれた水色の腕章、「全逓団結」と書かれた赤色の腕章を着用した傍聴人計四名に対し裁判長が右腕章の取はずしを命じたが、右傍聴人らはこれに反論して右裁判長の命令に応じなかつたので、裁判長は右傍聴人らに対し退廷命令を発しこれを退廷させたところ、被告代理人尾崎陞は、裁判長裁判官石崎政男を忌避する旨申立てた。そこで、裁判長裁判官石崎政男裁判官長久保武、同佐野精孝は合議の上右忌避申立は忌避権の濫用であるのでこれを却下する旨の決定を宣したところ、さらに同代理人は右三裁判官を忌避する旨申立てたので、右三裁判官は合議の上右申立ても忌避権の濫甫であるので却下する旨の決定を宣した。

抗告人は右両決定は民事訴訟法第三九条第四〇条に違背し、違法であると主張するので判断する。

民事訴訟法は裁判の公正を担保するため裁判官と当事者との間に一定の利害関係のある場合にはその裁判官は法律上その職務の執行より除斥されることを定め(法第三五条)さらに一歩を進めて忌避の制度を認め、裁判官につき公正を妨げるような事情のあるときは当事者の申立により裁判によつて裁判官が職務の執行ができないようにしたのである。したがつて、右にいう裁判の公正を妨げる事情とは、通常人が判断して裁判官と当事者ないし事件の関係からみて偏頗・不公平な裁判がなされるであろうとの懸念を当事者に抱かさせるに足りる客観的事情をいうのである。そして右のような事由に基く適法な忌避の申立がなされた場合について、裁判の機関(法第三九条)および当該裁判官の関與禁止(法第四〇条)の各規定を設けたのである。

ところで、民事訴訟法は刑事訴訟法のような明文は設けていないが、忌避の申立を認めた法意が上記のものである以上たんに裁判長ないし裁判官の行う訴訟指揮又は法廷警察署権の行使に対し主観的に不満を抱き忌避申立に名を籍りて裁判官を忌避する旨の申立をなすごとき場合は前記法の目的を逸脱するものであつて、法の認める申立に当らず忌避権の濫用として許されないものというべきであり、従つてこの場合には前示法第三九条、第四〇条の適用がなく、当該裁判官ないしその裁判官の所属する合議体において右申立を却下しうるものと解するのを相当とする。

これを本件についてみるに本件各忌避の申立がなされた経過は冒頭判示のとおりであり、その後原裁判所に提出された忌避申立書(昭和四八年一一月五日受付)および本件抗告の理由によれば、石崎裁判長に対する各忌避申立の原因として主張するところは、本件第三九回および第九四回の各口頭弁論期日において同裁判長が傍聴人に対し着用の腕章の取りはずしを命じ、これに従わなかつた同傍聴人に退廷を命じたこと、第九四回口頭弁論期日に傍聴券を発行したことおよび第九三回口頭弁論期日に奥平証人の尋問を途中で打切つたことに関連する同裁判長の訴訟指揮につき同裁判長に裁判の公正を妨ぐべき事情があるというに在ることが明らかであり、陪席両裁判官に対する忌避の原由として主張するところは、両裁判官が右石崎裁判長の言動に盲従、同調したことは同じ事情があるというのである。

ところで、法廷における秩序を維持するため必要があると認めたときは裁判所法・裁判所傍聴規則の定めるところにより裁判長は傍聴券を発行してその所持者に限り傍聴を許すことができ、又不体裁な行状等のある傍聴人に対しこれが禁止ないし退廷を命じることは法廷警察権の一環として裁判長の権限に属することであり、これらの措置が憲法第八二条に反するものでないことはいうまでもない。本件において石崎裁判長がその必要ありと認めて、第九四回口頭弁論期日に傍聴券を発行したこと、および第九三回第九四回口頭弁論期日において前記のような腕章を着用した傍聴人に対しその取りはずしを命じ、これに応じなかつた傍聴人に退廷を命じたことは前記権限に基く当然の措置であつて、何ら違法ではなく、右裁判長の措置に対し事件の当事者ないしその代理人において異議を挟む筋合はないものといわなければならない。又同裁判長が第九三回口頭弁論期日において当日の法廷の情況から判断して平静な審理ができないものと認めて証人尋問を打切つたことも適法な訴訟指揮権の範疇に属し止むを得ない措置といわなければならない。そうすると抗告人が石崎裁判長に対する忌避の原由として主張するところは、同裁判長のなした法廷警察権の行使ないし訴訟指揮を不当であるというに帰し、前記事件につき裁判官に偏頗不公平な裁判がなされるであろうとの懸念を当事者に抱かせるに足りる客観的事由に該当しないことが明らかである(陪席両裁判官に対する忌避の原由についても同様である)から右理由を意図してなした本件各忌避の申立は前示申立の経過を参酌しても法の定める本来の忌避申立に該らず忌避申立権の濫用でるあといわざるを得ない。したがつて原裁判所が抗告人のなした各忌避の申立を忌避権の濫用であるとして、自ら却下の裁判をなしたのは相当であつて民事訴訟法第三九条第四〇条の違背はないあといわなければならず、他に原決定を違法とする事由は見当らない。

よつて、本件各抗告はいずれも理由がないからこれを棄却することとして主文のとおり決定する。

(裁判官 杉山孝 小池二八 古川純一)

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